合意退職を成立させるための工夫

会社目線の労働コラム

企業の方向けに、必要な最低限の労働法の知識、コンパクトに労働問題解決のノウハウをお伝えします。

合意退職を成立させるための工夫(従業員に対する説得)

合意退職に導くためには

「退職勧奨~合意退職のステップとして~」で、解雇にはリスクがあることから、実務上、退職勧奨をして合意退職に導くことが望ましいことを述べました。

あわせて、そのためには、退職勧奨が社会的に相当な手段方法によって行われ強要にならないこと(退職の同意が自由意思によること)、②退職の合意が有効に成立していると証拠上もいえることが必要であるとし、退職勧奨の方法について「退職勧奨~合意退職のステップとして~」で、②退職の合意を有効に成立させるためにはどうしたらよいかについて「合意退職の手続」ご説明しました。

ここでは、どうしたら従業員に納得して退職に応じてもらえるのかについて、考えてみたいと思います。なお、ここでこれから述べることは、とりわけ、筆者の実務上の経験による私見に基づく雑感のようなものであり、こうしなければならないとか、こうしないと正解ではない、ということにご注意ください。

従業員の立場にたって考える

個人的には、合意退職を成立させるためには、「従業員の立場にたって考える」ことが何よりも大切であると考えています。

従業員からすると、会社から、退職をして欲しいと持ちかけられて、ショックを受けますし、動揺します。また、今後の生活をどうしよう、と不安に思うはずです。そんな従業員の心理に思いを致すことが大事です。

基本的には、次の二つが大事であると考えています。

  1. 退職勧奨を受けなければならない理由に納得してもらい、再就職した方が道が開けるのではないかという気持ちに導く
  2. 退職にあたって生活に配慮し、再就職しやすいように便宜を図って退職へのハードルを下げる
退職勧奨をする理由の説明について(①)

従業員に退職して貰いたいときの理由は様々だと思います。

会社の経営状況の悪化により、リストラの一環として辞めて貰いたい場合もあるでしょうし、従業員の能力不足や他の社員との折り合いが悪く協調性を欠く場合もあるでしょう。

会社の経営状況が理由の一つなのであれば、率直に会社や業界の状況を説明します。いずれ希望退職の募集や整理解雇の実施等を検討しなければならないほどの状況なのであれば、言い方に留意する必要はありますが(業界内で経営状況について悪い噂が出回る可能性があります)、そのことを告げます。すなわち、会社の経営見通しを端的に告げ(決算書の数字をあげるのも説得的です)、会社に残ってもよいことはないこと、転職した方が道が開けるかもしれないことを説明するのがよいと思います。

能力不足や協調性不足など、本人の側に退職をして貰いたい理由がある場合には、なかなか難しいものがあります。本人のプライドを徒らに傷つけることは慎まなければなりませんが、一方で、本人の問題性については、本人から詳しい説明を求められた場合には、きちんと説明できるだけのエピソード・根拠を裏付けをもって回答できるようにし、会社の本人に対する評価、今後会社に残った場合の見通し(昇進等)をきちんと正しく告げる(大げさに言ってはいけません)必要があります。なお、会社が本人を評価していない場合には、本人も何らかの形で働きづらさを感じていることが多いものです。そのあたりを丁寧に聴き出し、本人が感じている働きづらさについて、会社に出来ることと、出来ないことをきちんと説明し、むしろ、人間関係等を含め一度リセットして他の職場でやり直した方が気持ちよく働けるのではないか、等と持ちかけることも考えられます。

いずれにせよ、本人からされるであろう退職勧奨の理由に関する質問については、予めこれを想定した上で、全て回答できるようにシミュレートしておく必要があります。

なお、退職勧奨~合意退職のステップとして~で述べましたが、解雇事由や降格事由がないのに、退職勧奨に応じなければ解雇する、降格する、給与カットする等の発言を行うこと、事実と異なることをいうことは、絶対にしないようにしてください。またパワハラにならないように、方法については十分に注意してください.

 

退職後の生活・再就職への配慮について(②)

従業員にとって退職をするということは、その翌日から収入がなくなり、生計の道を絶たれるということです。とりわけ、養わなければならない家族がいる従業員にとって、住宅ローンがある従業員にとって、そのことがどのような意味を有するのか、改めて述べるまでもありません。個人的には、会社が転職や収入への配慮をし、従業員のその不安を払拭してあげることが、退職勧奨の成否の帰趨を決するのではないかと考えています。

1 失業給付など

まず、退職後に収入がなくなるとの点については、以下の点を説明することが考えられます。

  • 被保険者期間が一定以上ある従業員については、一定期間失業給付を受けられること(なお、自己都合退職より、会社都合の退職の方が、失業給付の受給が従業員に有利なので、従業員の希望があれば、会社都合退職を離職理由とする離職票を作成することが考えられます。解雇でなくとも、会社都合の退職勧奨による合意退職であれば、自己都合退職にはなりません。もっとも、再就職の関係から従業員の方が自己都合であることを希望する場合もあります)。
  • 傷病により会社を欠勤・休職している従業員については、退職後も、一定期間、健康保険から傷病手当金として一定の給付を受けられる可能性があること

もっとも、失業給付も傷病手当金の受給も一定の要件を充たすことが必要ですし、従業員はこれらの受給よりも、むしろ、再就職先が決まることを望むことの方が多いです。また、はじめから、退職しても失業給付を受けられるから問題がない、というのでは、従業員側の反感を買うだけでしょう。実際、いったん退職してしまってからより、在職中の方が転職が決まりやすいとの現実もあります。

2 再就職期間を見込んだ退職日での退職合意の締結

そこで、従業員に対する提案として、就職活動期間を見込んで、たとえば1ヶ月~数ヶ月先を退職日とする退職合意を締結することが考えられます。退職日までの間に、再就職先を見つけて貰うこととし、就職先が見つかりやすいように、就業時間中の自由な就職活動を認める配慮を行います(給与は支払うこととします)。そして、退職日の前に就職が決まったのであれば、退職日を繰り上げる扱いとします。一方で、退職日までに就職先が見つからないのであれば、やはり、その退職予定日に退職して貰い、収入がなくなる点は失業保険などで補って貰うよう説明します。そして以上のことを合意書にするのです(退職日を記載した退職合意書は必ず作成します。なお、退職予定日までに再就職先が見つからない場合において、双方合意により、退職予定日を延長する合意書を締結することは可能です)。

解雇の場合でさえ解雇予告は1ヶ月前に行うことから、一定の日に退職をすることの合意さえ確保できるのであれば、従業員の再就職に配慮し、退職日を先の日にしておくことに、特段会社に不利益はないものと思われます(解雇と違い争われるリスクもなくなります)。

3 退職金加算・解決金の支払

また、退職にあたり、退職金を加算したり、一定の解決金を支払うといった方法も考えられます。この点、特別に金員を支払うことについて抵抗を感じる会社もあるかもしれません。しかし、解雇でさえ、即時解雇をするには1ヶ月分の解雇予告手当の支払は必要であること、解雇と違って合意退職の場合には、合意書の作成など方法に注意しさえすれば、争われるリスクはないこと、また、退職日以降は当該従業員については給与を支払わないですむことを考えれば、在職期間、退職させたい理由にもよりますが、数ヶ月分の解決金を支払って合意退職を成立させることも、十二分に検討に値すると思います。

ただ、そのような事例が既成事実化してしまうことを懸念する会社もあるでしょう。そのような場合には、以下のような工夫をすることが考えられます。

  • 退職金加算や解決金支払の事実を口外しない条項を合意書に盛り込んでおく(もっとも紳士条項としての意味しかありませんが、納得いく退職であればこれを守ることの方が通常です)
  • 解決金の支払という形ではなく、代わりに、残っている有給休暇分を買い上げる形で還元する(有給休暇の買取は原則として認められませんが、退職により消滅する有給休暇の買取は有効です)

4 組み合わせ

これらの方法をいくつか組み合わせることも考えられます。例えば、就職活動期間を見込んで退職日を先にする合意を締結する場合において、本人に対する就職活動に身を入れて貰う動機付けとして、仮に再就職先が早く決まり退職予定日より前に退職することとなった場合には、本来の退職予定日までの給与相当分を解決金として支払うことなどが考えられます。

いずれにせよ、大事なのは、退職にあたり従業員が何に不安を思っているのかを丁寧に確認した上で(人によって異なります)、その不安を解消する方法を一緒に考える形で、よりよい合意退職を提案することです。退職日や退職条件など、合意退職の内容に制限はないのです(もちろん税務上、社会保険上の問題は制約があります)。従業員としては、自分の今後のことについて親身になって考えてくれる会社の提案には、耳を傾け、積極的な気持ちになるかもしれません。退職にあたり、従業員の不安に何ら思いがいたらない会社関係者からの抽象的な説得には、従業員はなかなか応じようとは思わないものです。

実務上のポイント

 

合意退職は、文字通り、双方の意思の合致、合意により、退職をするというものです。したがって、従業員に納得をしてもらうことが必要となるわけですが、そのためには、退職を迫られる従業員の立場に思いを致し、退職にあたって何にわだかまりがあるのかを丁寧にほぐしていく必要があると考えます。ある意味、退職を求める側の人間力(どれだけ信頼してもらえるか)が試される場です。また、当該従業員の性格によって、誰が退職勧奨を行うのか、話のもっていき方、説得の方法・力点も変わってくるでしょう。

いずれにせよ、行き当たりばったりではなく、それ相応のシミュレーション・準備をした上で(簡単なシナリオ、想定問答を用意しておくことをおすすめします)、会社の立場をはっきりさせつつも、真正面から本人に向き合い、誠実に対応するしかないと考えます。

労務・人事・労働法律相談はこちら

「退職勧奨~合意退職のステップとして」「合意退職の手続」

他の労働関連記事はこちら